悲しい事実

 メディアの報道をみると、事実を重視するよりもセンセーショナルな内容になるように捻じ曲げているように思えます。そのメディアに対してのアンチテーゼとしてインターネットがありました。

 ところが、今はインターネット上にデマが多数あります。事実・真実がなんであるのかがわからなくなり、また、メディアの侵食もあります。何を信じてよいのかわかりません。

 インターネット上の情報は、このブログも含めて匿名なものが多く、それを信頼できるかどうかすぐに判断できるものではありません。つまり、信頼に値する情報ではないということです。もちろん、すべてが Fake であるわけではありませんが、Fake も混じっているのです。そしてその判断が難しいのです。

 もちろん、インターネット上でも実名で情報を発信していらっしゃる方もいます。信頼度は上がると思いますが、それでも、間違った情報を発信していないとは限りません。誰もが、自由に、発信することができます。ところが、その自由に対しての責任が伴っていないのが問題です。

 メディアの情報の主体は、メディア自身です。ところが、インターネットの主体は情報を発信する側だけでなく、情報を受け取る側も主体となります。そのため、メディアの情報の責任はメディアとなりますが、インターネットの情報の責任の半分は受け取る側にもあるのです。まあ、メディがその責任を十分に果たしているかとなると大いに疑問ですが。

 インターネットでは、情報を探し出すという受け側の作業があり、その情報を信じるかどうかも受け側に任されます。安易に情報発信できるから、一部の人は、事実のチェックをしないまま、拡散します。発信側と受け側の境界があやふやです。

 もちろん、Google なども、Fake News を検索結果に出さないような仕組みを模索しています。うまく言っているとは思えませんが、検閲はできませんし、自由な発言は大事だとも思います。

 結局、人間という生き物が問題だという結論になってしまいますが、これ以上垂れ流すのはやめておきます。

 非常に残念ではありますが、インターネットが信頼できる情報源となることはできなくなってしまいました。新しい仕組みが必要です。

未分類

Posted by sirius